TSUNEYA’s diary

日々淡々と思った事を時々垂れ流します。

仏法と世法 ⑶

それまでの苦しみはずっと変わらずあったのですが、不思議な感覚でした。

誤解を恐れず言葉にしますと、核になる自身(モノ?)は悠々としてるのに、表面にある自身は苦しんでいる姿を現していて、その表面の自身に一喜一憂しているみたいな😃

分かりづらいですね😅

 

でも、確かに自分の中に核たるモノがある事だけは分かった気がして、その生命のまま唱題をあげて全部委ねてました。

 

そのまま数日が経った頃、新たに仕事の受注が入りました。稼ぎの悪い仕事でしたが、わらをも掴む思いで挑んだら、自分に合った仕事内容になり、今では私をなくてはならない存在とまでお客様から仰って頂くようになり、10年かかる予定だった返済が3年で完済するまで稼がせて頂きました!

 

死ぬことしか考えてなかったのに、妙法に委ねてみれば全てが好転していきました!

 

ある意味、委ねるだけの「信」を出すのは勇気がいりました💦世法を取らず、一切を仏法に任せた感じでしたので👀💦

御書にも、

「心地を九識にもち修行をば六識にせよ」(P1506)

とありますが、自身の意が二重に感じたのは、この事だったのかなと実感します。