TSUNEYA’s diary

日々淡々と思った事を時々垂れ流します。

いつかやる精神

こんにちは😃

 

ごく自然に、当たり前のようにあるモノが急に無くなると、いろんな事に気付かせてもらう時があります。

 

私なんかは年がら年中ゆったりしてますので、「いつかやればいいや」と油断してたりします💦

 

そんな性格を気を付けてはいたのですが、今回またやらかしました😅

PCに大事にとってあった資料が消えてしまいまして😱

こういう時に、アナログ媒体として残しておくのも大事だなと痛感します。

 

また悪い事に、結構な時間かけて目を通したのに殆ど記憶に残ってないんですよね💦こういう所も、「いつかやる精神」が根底にあるから自分の記憶に留めようとしてないんでしょうね👀💦

 

逆に人間って忘れる事が出来るから前に進めたりもするんでしょうけどね😄

だけど、「これだけは忘れてはいけない」というものを自分の中で護り通す事は師匠から学んだ事です。また、そこを深化させてくれたのが同志であり学会です。

 

どんな事があっても大切な事は忘れない。そんな素晴らしい日々を歩めるように、善悪共にいろんな事が私の周りで起きるのかなと思います。

如蓮華在水

こんにちは😃

 この前ある方から、「君は性根が腐ってるなー」と言われました💦

確かに腐っているかもねと自分でも思いましたが、腐ってるなら腐ってるで別にいいじゃんって思いますし、腐葉土ってありますよね👀それと同じで、腐ってても、もがいて養分蓄えていけばかなり立派な花を咲かせる事だって可能だと思います😄

楽観視しすぎてるかもしれないですけど😅

反省できるとこは反省して、前に進めば良いかなって感じです。

 

「如蓮華在水」って法華経涌出品にありますが、私の好きな言葉です。泥水の汚れにも染まらず美しく花を咲かせる蓮華。

 

世間の穢れから避けるのじゃなくて、それはそのまま自分の滋養として、活かしきって自分本来の花を咲かせていく。

あるがままに観て、あるがままに時を進める。

 

人間ってどんな環境や状況でも生きていける智慧がある。だから、どんな困難な事が起きても諦めないし、腐ったままではいられない。むしろ大問題があるから、その人に相応しい輝き方があるんじゃないかな😊

 

師匠にずっとその事を教えてもらってきたはずなのに、とっさの事で忘れてしまう弟子じゃ師匠が悲しまれますね😣

 

だから今日も一人一人に「希望を与えていける対話」に挑戦してきます😉

仏法と世法 ⑷

今では、あれだけ悩んでた経済苦も乗り越えて、生きながらえてます😄

 

過去にも何度も危ない目にあってきましたが、世法9の仏法1くらいの比率で乗り越えてきてたなと今となっては思います。乗り越えてきた事を功徳だ功徳だと喜んでは体験発表をしてきましたが、ほんの少しの功徳の出方で喜んでたなと思います😅

 

世法・王法よりも仏法の方が優れているのは明らかです。

そこをなかなか信じられないから元品の無明っていうのも納得しますし、それを断ち切るのは「信」の利剣だというのも納得です👀臆病ではいくら良く切れる剣でも用を為さないっていうのもその通りだなと思います。

 

少しだけ妙法を信じても功徳が出るのですから、自分の全てを妙法に帰命した時の現証の出方は、御書や先生の仰ってある通りです。

 

ただ自分が陥ってしまったのは、少しの功徳を当時はマックスの功徳と勘違いして歩みを止めた(今思えば💦)からだと思います。だから、そうならない為にも求道心を持って、師匠を求めていかないと忘れてしまいますね👀💦

その為の学会組織であり続けたいし、そんな組織を構築していきたい😃

仏法と世法 ⑶

それまでの苦しみはずっと変わらずあったのですが、不思議な感覚でした。

誤解を恐れず言葉にしますと、核になる自身(モノ?)は悠々としてるのに、表面にある自身は苦しんでいる姿を現していて、その表面の自身に一喜一憂しているみたいな😃

分かりづらいですね😅

 

でも、確かに自分の中に核たるモノがある事だけは分かった気がして、その生命のまま唱題をあげて全部委ねてました。

 

そのまま数日が経った頃、新たに仕事の受注が入りました。稼ぎの悪い仕事でしたが、わらをも掴む思いで挑んだら、自分に合った仕事内容になり、今では私をなくてはならない存在とまでお客様から仰って頂くようになり、10年かかる予定だった返済が3年で完済するまで稼がせて頂きました!

 

死ぬことしか考えてなかったのに、妙法に委ねてみれば全てが好転していきました!

 

ある意味、委ねるだけの「信」を出すのは勇気がいりました💦世法を取らず、一切を仏法に任せた感じでしたので👀💦

御書にも、

「心地を九識にもち修行をば六識にせよ」(P1506)

とありますが、自身の意が二重に感じたのは、この事だったのかなと実感します。

 

仏法と世法 ⑵

ご飯なんてものは家に殆どありませんでした😵
高齢の親に食事は譲り、自分は週一回何かを食べる(何を食べてたのか記憶にございません👀)、という生活に切り替わった時、普段病気にかかった事のない私が目眩と耳鳴りが酷くなり、平衡感覚がおかしくなりよく倒れて失神してました😱
一度、夜中に家の階段で倒れて転げ落ちましたが、親も一切気付かないまま朝を迎えた事は今では笑い話です😃
病院に行く事も出来なかったので、私の病気が何だったのかは分かりませんが、どうせ倒れるなら、倒れるくらい題目をあげぬいてみようと、仕事もあるので週3日と決めて、10時間唱題をしてました。

それから一週間目、二週間目と経つんですが、不思議なもので、何も変わらないんですよw体重だけは着実に減りました😱
信心ってウソだったんじゃないかっていうくらい何も変化無し😅
でも、腹が決まってたんでしょうね。それはそれで楽しかったですw

 

自分はいつ死んでもおかしくないのになんで生きてるんだろうとか、この苦しみってなんだろうとか、だんだん哲学的に思ってたんですが、1ヶ月も経たない内にそんな事も思わなくなってました👀

仏法と世法 ⑴

こんにちは😃

年々、豪雨と呼ばれる降水がありますね💦雨は降ってもらわないと困りますが、小出しで降って頂きたいものです。

 

ところで、学会員である私ですが、過去に大変な経済苦で悩んだ経験がございます。

収支のバランスが超絶悪くて、どんなに仕事をしても返済が間に合わなかった時期があります。

あっという間に高級車がポンと買えるだけの負債を抱え(本当にあっという間w)、生きた心地が全くありませんでした😱

 

何人かの先輩に指導を受けましたが、返ってくる言葉は「寝ずに仕事をするくらいの決意で」とか「生活が出来るだけのお金はどんな惨めな目にあっても掴んでこようよ」などなど、真剣に私の事を思っての言葉でした。

 

ありがたいなと思いつつも、昔から私は捻くれてるせいか、違和感しかありませんでした。

 

なんで一生懸命に仕事をしてるのに負債を抱えるのかという根本的な答えを私は知りたかったのです。

 

全ての先輩方からの返事は世法の事ばかりでした。私が逆の立場なら同じ事を言ってたのかもしれません。

ある意味、これだけ世法での答えしか返ってこない方が、捻くれ者の私には良かったのかもしれません👀

 

さぁ、腹は決まった!

納得いくまでご本尊様と向き合う事にしました。

岡城址

どもです😬

 

常に変化してる人生の中で、正しい情報を素早く読み取り、即決断する事の大切さを先生から教えて頂いた事があります。

 

組織の中心者に決断力が無く、鈍い行動を起こすなら、それは保身に侵された姿であって、民衆を護ろうという精神も気概も全く感じられません。

 

そこから、会員は組織不信になり、信心不信に繋がることだと思います。

中心者にはふざけはあって欲しくないし、自戒の意を込めて書きました👀

 

先日、大分の岡城址に足を運びました。

この地は昭和56年、先生が訪れた場所です。本丸は残ってませんが大きな石垣が鮮やかに残されてます。

かなり、段差のキツい階段を登らなければ本丸跡までたどり着かないのですが、先生は何故この地に来たのかなと別の角度で思いを馳せてみました。

 

私なりの考えですが、本丸という立派なモノよりも、いつまでも残るのは石垣です。多彩な石を積み上げて出来た石垣はどの石1つとっても大事な役割をずっとそこで果たし続けています。

 

学会も同じかなって思います。

会員さん1人1人、全て違ってそれでいい。同じ考えで無くてもいい。ただ、師匠と同じ広宣流布の心でその地で踏ん張り使命を果たして行く。そんな人が集まって団結していくならばいつまでも残る石垣のように、皆から仰がれるカタチになるんじゃないかなって思います。

 

最後に勝つのはごく一部のエリートでは無く、無名の民衆ですね。

 

余談ですが、本丸が残ってる大阪城は個人的に好きですね(^^)

難攻不落。これもまた1つの理想ですね✨